NHKHVで『日本人と自画像 東京藝術大学4800枚の証言』をみた。東京藝大では4年次の卒業制作として「自画像」を描く課題が与えられる。そしてその作品は大学に寄贈され、展覧会を除いては一般に公開されない。作品制作を続けているひともいれば、全く美術と関わりを絶った仕事を選んでいるひともいる。「卒業」という節目に「私」をその今の視点で描くと試み(試練?)がとても興味深く、絵も美しく、面白かった。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2007/0819.html
東京で9月17日まで展覧会も開催中らしい。もしかしたら見にいけるかも。でも未就学児は入場お断り・・・だろうな。

二日間失踪していた(だんだん失踪にも慣れてきた、やはり心配だけど)彼からの新潟に戻ったという電話で中断されるまでみたけれど、またNHKでも放送されるみたいなのでよかった。必ずみねば。

松井冬子さんの自画像もご本人もとても素敵。
http://fuyuko.tv/
また好きなひとが増えた。日本画も良いねー

そして、今の私が自画像を描くとしたら、どんな絵だろう?
そればかりをずっと考えている。
「装苑」をみてピータ・カレセンの切り絵のページで手が止まった。
ものについては、できればずっと使えるもの、永遠に愛せるもの、であってほしいといつもいつも思いながら選ぶし、探す。
でも、この「紙」という媒体は、もともとが薄っぺらくて、切り刻むと更に儚い。そこにピータ・カレセンは小さな物語をいくつも仕掛ける。いつか消え去るものとして。いつか消え去る前提として。いつか消えるもの、儚く消えるもの、こういうものをもつのもいいな、と思えた。いつか消える私としては。ね。

http://www.petercallesen.com/index.html
とても美しくて好きです。A4サイズがたまりませぬ。
こんな素敵なものを一枚の紙から生み出せるなんて魔法の手だ。

八月

2007年8月1日
カレンダーをめくる、8月がきたよ。

ということで明日から福岡。
こどもと二人の飛行機がどんなに大変であろうとも
台風がきていようとも大丈夫。(多分)

とりあえず紀ノ国屋で吉野朔実さんと大島弓子さんの新刊を購入し家路につきたい。
で、髪を切って、買い物に行って、お茶して、モスで玄米フレークシェイク(でてるの?)飲んで、arbre行って(超人気らしい)、本買って、立ち読みして、図書館行って、写真を撮って、友人と会って、家族と笑って、「普通」の日々を満喫したい。
「普通」こそがもはや非日常だけどね。

みなさまよい夏休みを。

本棚

2007年7月29日
ネットですごく美しい配列の本棚をみた。

私が本棚に望むものは
?一列(後ろには本は置かない、結局読めないから)
?作者と系統と高さがほぼ似通っているもの
?棚の高さがほぼ均一
?壁面全体を使いたい
しかし本当の理想の形には絶対的な大きさが必要。家でも建てるか、引っ越すかしないと無理だな・・・

彼と私は双方どちらもマンガ、本、資料持ち。
私は自分の本全部は本棚に並べることはもう無理と判断し
ひとつの本棚によく手に取るもの、まだ読んでないものだけを並べている状態。残りはダンボールに入ったまま。
彼の本棚3つは、引越してきたときの混乱がそのまま一年経過しますます深みをましてきている状況・・・

幸いうちにいる時間は今沢山あるので、暇をみてシンプルな配架の本棚を作っていきたい、にわか司書さん気分。
家を図書館に、と思うと少し楽しい。

離乳食

2007年7月24日
昨日からこどもの離乳食をはじめた。
最初はおかゆ。
なんでもはじめの一歩を踏み出すのには勇気と時間が必要なほうだからずるずると5ヶ月の半ばまできてしまったが
意外にもすごい勢いでおかゆののったスプーンをくわえた我が子。
おなかすいてたの?ごめん。

あと少しで8月。

2007年7月23日
ERをみていたら不意に思い出した。
夢をみたんだ。
自分が死ぬ瞬間の夢をみた。

わたしは注射を2本刺しているが
血が逆流し、慌てた看護師による救命措置も間に合わず
意識と視界が暗く狭まり
「あ、死ぬんだ。実際の死はこんなに唐突で準備もなくあっけないんだ」と感じ、意識も立ち消えた。
夢と覚醒の狭間で
死を迎えるときのあまりのあっけなさと、
小さなこどもを残して死ぬことが
とても「こわい」と思った。
とてもこわかった。
目覚めて、TVをみて楽しかったはずの、今でも、ずっと。
ちっちゃいこどもがいるために世界が半径1KM(直径2KM)で完結。
こどもが眠ったあとの、ネット世界探索や雑誌を読む時間の楽しさよ、と彼に言ったら「僕はこどもが起きて遊んでるときが最高、しかし泣いてないとき限定ね」と言われ、それ素晴らしいって単純に思う。
にしても泊まりが多く夜10時以降帰宅朝7時前出勤の彼のこどもとの時間てそれは素晴らしいものだろうなあとまた納得(嫌味ではない)。
わかってはいるのだが、ゆらゆら揺らしたり、無意味な散歩したり、ついつい乳房を何度も含ませ深い眠りに誘うダメな母親だなあと思う。でもしょうがない。遊びにも限度がある。こどもにとってこれは楽しいのかな?といつも頭の片方で考えながらおもちゃを手渡す。笑ってくれるとこころから嬉しい。泣いてしまうとどうしていいかわからなくなる。まじめってめんどくさい性格。

でも綺麗な目できょろきょろ世界を見るこどもとのご近所散歩は、なかなかよいのです。
8月2日から福岡に短期帰省。それまでは生き抜かねば。
次は町を歩こうね。

横波修さん。

2007年7月22日
横浪修さんの写真が好きになりました。
かわいくって不思議な写真。
こんな写真も好きだなあ。
http://www.yokonamiosamu.jp/
写真展もあるらしいし、写真集もでるらしい。
東京に行かねば、です。

生クリームの、

2007年7月13日
産後、スタイルなんてもはやどうでもいい、興味ねー
の境地に入ってしまったため放置していたが
今日はこうとしたスカートがどれも入らずにさすがにまずいと思ってきた。
お気に入りのチェックのスカート(ウエストゴム)でこの夏を乗り切っても全然
かまわないのだが、柄物を上にもっていきたいときもある訳でなかなかに難しい。
少し、絞れということか。
日曜の法事は何を着ようか。

そんななか、生クリームの、いちごのショートケーキが食べたくてしょうがない。
それもできればAFTERNOONTEAの、もはや崩れた、そして甘い、あのケーキが。
早く福岡に帰りたいね、とこどもに語りかける。

言葉にできない

2007年7月12日
言葉にしようと思うとうまくあらわせないことが多い

思考速度が鈍いのか、じっくり考えるのが好きなのか
何かを決めるとき、
大切なことを決めて言葉にそれを置き換えるとき
すごく時間がかかる。
最初になんだか、もやもやとした漠然としたものが頭の中というか胸の辺りを占めてきて、何かをしながらも一方でずっとそのことについて考え続けている。そしてある時、光が差したかのように自然と答えが自分の中にすっと現れ、揺ぎ無い「答え」となって居座り続ける。これが私の思考パターン。しかしずっと「答え」が見えなくて、今でもこれからも考え続けていくであろう「問い」は私の中にあり続ける。「問い」の形も明らかでない、もやもやとした、漠然とした、あいまいな存在として。
それを何かにあらわしたい、だしてしまいたい、自分でもみたい、近づきたい、という思いが、日記を書くこと(些事から浮かび上がってくるもの、こと)であったり、写真を撮ることであったり、私にはする。
写真を撮って、見てもらうことで、ある人とすごく(一瞬だが)深く知り合えた感覚があった。あれは今となってはとても幸運なことだったと気づく。そしてすごく、快感に近いもの。

「言葉」と「言葉」でないもの、それすらにもならないもの、消えていくもの、現れる前から消えているもの。今は漠然とそんなことを考えている。何もまだ「言葉」を発さない、こどもと日々を過ごしながら。

料理

2007年7月6日コメント (1)
ごはんを作るのは、嫌いではない。

だからといって料理が上手い、わけでは決してない。
ただ人にも食べ物にも偏見が多いため
(食物アレルギーが沢山ありあまりむやみやたらと食べられない。出来合いの惣菜が、実家の「駒鳥」という店のものしか食べられない。云々かんぬんの理由をつけているが、結局好き嫌いが多いので)つまりは好きなものを食べるには、自分で作るしかないのだ。
そして極度の自意識過剰なため、彼以外には料理をふるまったことがない。
しかし野菜を細かく切ったりする行為は掃除をしているのと同じく
いつの間にか自分の中のもやもやしたものも切り刻まれて
消えていくようで、時に爽快。
そして「おいしい」と言って食べてもらえたならば小さな達成感まで味わうことができるのだ。

トマトときゅうりと蕪が大量にあるので毎食だしているが
彼が根をあげるのはいつかいつかと待っている。
そのときまで永遠にだされるメニュー。
なんてステキ。
(私はもうきゅうりは食べたくなくなった・・・)
アイシテイルノカナ?

こどもが眠った。

こどもが起きていても眠っていても
最近はPCの周辺にずっといる。
本を読み通す、という気にはなれず
ネットで世界を探索中。
バナナカレーという素敵なHPをみつけ
noteを読み非常に考えさせられた。大事に読んでいきたい(生きたい)
そしていつか聖蹟桜ヶ丘にいかねばと思う。
http://www.geocities.co.jp/PowderRoom-Rose/5169/index.html

彼に抱かれながら
「愛している」と言葉を貰う。
私は「アイシテイルノカナ?」と心で考える。心はどこにあるのだろう?わたしはたぶんあいしていないだろう。
それでも翌日に楽しく話せるのならば、抱かれるのもよいと思う。楽しく話すのは好きだ。楽しく話したい。楽しく生きたい。

自分の気持ちが一番、だった時期がある。なんだかそれがバナナカレーにはあって、みえて、思い出せて、何だか書いてみたかった。

あいしているの哉

おやすみなさい。



遠い窓から

2007年7月3日
新潟に戻って1週間、
まだ荷物は片付かないでいる。

毎日ごはん作って片付けて
洗濯して(乾燥機付きを買って頂き、かなり快適)
ちび助と遊び、歌い、風呂にいれ、抱いて、眠っているうちに
一日が終わる。

あ、新聞早くとらなきゃ、と思う。
(日経が読み物としては面白いのだが、どうしても自分がとるとなると一歩ひいちゃう感じ。ちょっとイメージが堅い。ちなみに、実家では毎日。毎日は西原理恵子の毎日かあさんと森下裕美の「ぼくんち」ぐらいしか何だか面白くなくなってしまった・・・)

実家での暮らしと違うのは、窓から見える景色。
福岡の庭は、母が花や緑を沢山育てていて、日の光に満ちてきて
うちの子は、畳の上に長座布団を敷いて
そこからじっと外の風景をみるのが好きだったんだ。

遠い小さな部屋の窓から思うこと。
遠い小さな記憶について。
「私らしく」
わたしらしく、あるために。

髪を切った。
ボブベースのショート。少しだけ色味を入れて。
またまた軽くなって、そんな出来立ての髪型の自分の顔を鏡で見て
「あ、私らしい」と思った。

ここ一年、新潟に引っ越してから
環境や状況の変化や彼の本質をまざまざと見せられたことにより、
思い返すと何度も何度も泣いて深く落ち込んで、
叫んだりののしったり激怒されたりの毎日だった。
「こどもを産んだら実家に帰れる」
だから、なんとかそこまではがんばろうと思いながら
長い長い通勤電車の中で息を潜めていた。

こどもを産む前後を含めて6ヶ月、実家に過ごしたことで
おかしくて「笑う」ことや
かわいいものをみて微笑むこと
誰かと楽しく話す喜び
を思い出せた。
自分のよいところである天衣無縫さ、を思い出すことができた。
このひとときを忘れたくないと思える時間ばかりだった。

気持ち、ことば、服、髪型、好み、
「わたしらしく」あることの自由さと心地よさを
実家にいる最後の週に
最後に思い出せてよかったなあとこころから思う。

新潟には日曜に戻る。
こどもとがんばらずに歩いていきたい。
そして撤退する勇気を持つ。

「ばらとおむつ」

2007年6月13日
「ばらとおむつ」
あと少ししかここにいないから、この本たちを読み終えたらかりないようにしよう
と思っていたら、思いのほか早く読み終えてしまい、図書館に本を借りに行った。

新刊書の棚をうろついていたら、なんと銀色夏生さんの新刊発見。私が銀色さんの新刊を見逃すなんて、本から(いや本屋から)離れていることの証だな。
かわいいかんちゃんとさくぼうの写真につれづれシリーズ復活?と思ったら、しげちゃんの脳梗塞とセッセの介護メールに銀色さんが日常をつづったもの。これが、突き抜けていて笑える。
こどもが眠っているよこで、ベッドに寝転がりながら大切に読んでいます。

死ぬこと、とか、病気になること、とか、親になること、とか、子供とどう付き合っていくか、とか立ち止まりながら、それでもくすくす笑いながら、想像して、考えている。
なるべく、楽しく、笑って、毎日を過ごせるように。
わたしは最近は、そういうことをすごくよく思う。
だからとてもいい本と出会えました。続編も期待だな。

「デレク・ジャーマンの庭」が欲しい。緑も育てたい。
空気が水分を含んで、湿っている、
梅雨入りした九州より。

「ARBRE」

2007年6月8日
「ARBRE」
門司港駅のすぐ近くの、白くて古いビルの1階に「ARBRE」はある。

気づいたのはペチカにケーキを買いに行くとき。
ふとみたビルの窓からのぞく、
花と緑と古いガラスの飾られた小さな世界に足を止めずにはいられなくて。

沢山の緑と、抑えた色調の美しいリースたち、
古いガラスやどこかでかつて使われた品々が
ひっそりと、ゆっくりと、私を迎えてくれる。

なんだかなんだか最近は後ろ向きで
安くてよいもの、ばかり汲々として探していたような気がする。
ホントに欲しいものは、値段も(あまり)関係なく
どうしても心が欲するもの、だと一瞬できづかされた。

そのお店にいるだけで、呼吸が楽になって、夢をみれるんだもの。

木金土の気まま?経営。

わたしも小さな世界を、あのアパートに作ろう。

なんだか元気になれる、また行きたい、大切にしたい
小さなお店のことでした。
ルイヴィトンでネヴァーフルを予約した。

そして、わたしは「変わりたい」と切に願うのだ。

kuma

2007年6月1日コメント (2)
こどものために、というかもう私自身のために読んでいる絵本のモチーフに「熊」がものすごーくよくでてくるような気がしてきた。「いないいないばあ」「どんどこももんちゃん」「よるくま」・・・絵本の世界で「熊」ってどんな扱いなんだろ?現実では、顔コワイけどね。小熊はカワイイ。やっぱ熊プーの存在の大きさだろうか。どうでもいいことだけど何かに書かずにはいられなかったこと。

島本理生さんの『大きな熊が来る前に、おやすみ。』の、題がとても好き。読んでないけれど、読まずに想像して楽しんでいるほうがいいのかな?

一昨日、村上春樹翻訳のスコットフィッツジェラルドの『グレートギャッツビー』を読み終えた。キラキラしたいつか崩れ行く世界。それを見ている語り手。「語り手」の重要さは、痛いほどわかる。でもそこから思考が一歩も先に進めない、私自身に苛立つ。いつか抜け出せるかな?

わたしにとって世界を理解することは、いつも本を通してなのです。

言葉

2007年5月22日 日常
彼と新潟にもどる時期をめぐっていざこざがあり
そんなに全く自分(彼)のことを思ってくれていないのなら
別れたい、という文面のメールをもらった。
(電話は母と話していてでられなかったから。)
思えば12月末の帰省から数えて早5ヶ月、彼と離れて福岡にいるんだなー
教えてgooの育児コーナーで同じに長期里帰りをしている女性がかなり責められていたけれど、わたしも責められうる資格はもっと大有りだなあとぼんやり思いながら、回答者の答えにぼんやりと自分なりの言い訳をつらつらと思い描いてもいる。

新潟に戻って
あの家政婦と一部コイビトと育児と仕事(これは来年までお休みだけど)とを全く心許せる友人がいない土地でやるのはこわいなあと思っている。特にうちのちび助と一緒だとなおさら。
別れても全然かまわない、むしろ別れようと思っていたのに
彼からの言葉をもらって「あなたのことが好きで、別れたくない。」という言葉をかえしたのは何故だろうとも考えている。
やはり私のその場しのぎの生き方なのかな。自分でもよくわからない。

一番いいのは別れて福岡で暮らすこと。だと思う。

絵本

2007年5月20日
こどもが生まれてから図書館の児童室によく通うようになった。

絵本とか児童書とかってさほど詳しくない自分に気づき
「MOE」のバックナンバーを読み始めた。
ピーターラビットのビアトリクス・ポターとかターシャの生涯だとか長新太の斬新さとか石井桃子の業績とか「なーんだなんだ」とか工藤ノリコの4コマとか・・・もうありとあらゆることが新鮮で、面白い。
(「MOE」はなかなかよい雑誌です!)
次、これ読もうと書くリストもどんどん伸びていく。
久々に「本」の喜びを思い出しかけている。
願わくば、うちの子も(少しは)興味をもってくれているとよいが・・・

この見知らぬ世界にわくわくとしている。
こどもと一緒にこの本の大海を泣いたり笑ったりしながら楽しく冒険していきたい。

とりあえず次はアーノルド・ローベルの「ふたりはともだち」の予定。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 >

 

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

この日記について

日記内を検索